【鎌倉殿の13人】歴史上初めて武士が作った政権の裏舞台探究~合議制は上手くいかない~

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大河ドラマ「鎌倉殿の13人」面白いですね。源頼朝が鎌倉幕府を興し、日本の歴史上初めて武士が政権を担うようになりました。

 

頼朝の死後、まだ子供であった次期将軍頼家をサポートするという名目で始まった、鎌倉幕府の有力御家人13人で始まった合議制による政治のお話です。

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現代においても社内で圧倒的な権限を持つ創業者社長が退いた後、創業者親族や外様で成り上がってきた幹部との間で社内派閥による権力闘争が起こったりしてますね。
少しのミスをキッカケに人事権を使って政敵を左遷する。現代の社内政治においても同様のドラマが繰り広げられています。
鎌倉殿の13人を見ていくと、企業でどのようなポジショニングでいるのがベターなのか?そんな視点で鎌倉殿の13人をWatchしていきたいと思います。

まずは、源頼朝亡き後の合議制【13人の顔ぶれ】と運命

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13人で始まった初の合議制による政権運営。一族の大きい小さい、出身地の違いなど色んな登場人物がいますが、まずは選ばれし13人のうち、生き残ったのは7名。つまり半分は権力闘争(や寿命)で居なくなってしまいます。驕れるものは久しからず・・ですね。

鎌倉殿の13人の運命 ※黄色=失脚したひと
No 人物 役者 その後の運命 No 人物 役者 その後の運命
1 北条時政 坂東彌十郎 畠山重忠の乱で失脚 8 大江弘元 栗原英雄 SURVIVE!生き残る
2 北条義時 小栗旬 主人公 9 八田知家 市原隼人 SURVIVE!生き残る
3 比企能員 佐藤二郎 1203年比企能員の変により一族滅亡 10 安達盛長 野添義弘 SURVIVE!生き残る
4 梶原景時 中村獅童 1200年梶原景時の変により一族滅亡 11 三浦義澄 佐藤B作 SURVIVE!生き残る
5 和田義盛 横田栄司 1213年和田合戦にて滅亡 12 足立遠元 大野泰広 SURVIVE!生き残る
6 中原親能 川島潤哉 ※大江広元の兄
SURVIVE!生き残る
13 三善康信 小林隆 13人に名を連ねたが、翌年74歳で死去
7 二階堂行政 野仲イサオ 源実朝時代には隠居
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権力闘争で生き残った人の要因を纏めてみました。

鎌倉殿の13人の運命 ※黄色=生き残ったひと
No 人物 その後の運命 その要因
1 北条時政 畠山重忠の乱で失脚(流罪) 北条一族内の闘争に敗れたため出家
2 北条義時 主人公!生き残る 権力闘争に勝ち抜き長期政権を築く
3 比企能員 1203年比企能員の変により一族滅亡 権力主流である北条氏から権力を奪取しようとしたため殺害された
4 梶原景時 1200年梶原景時の変により一族滅亡 日頃より強い発言が目立っており、一つの発言をきっかけに排斥され殺害された
5 和田義盛 1213年和田合戦により一族滅亡 息子が幕府クーデターメンバーの一員であったことから幕府軍と戦い討死
6 中原親能 SURVIVE!生き残る 途中で出家し権力から遠のく
7 二階堂行政 源実朝時代には隠居 高齢であった為、権力からは遠い存在であった
8 大江弘元 SURVIVE!生き残る 北条氏に強調する姿勢を貫いた
9 八田知家 SURVIVE!生き残る 将軍家への忠誠を貫き、権力からは遠い存在
10 安達盛長 SURVIVE!生き残る 高齢であった為、権力からは遠い存在であった
11 三浦義澄 SURVIVE!生き残る 和田合戦で北条氏側に寝返ったため
12 足立遠元 SURVIVE!生き残る 文官職であり高齢であったため
13 三善康信 13人に名を連ねたが74歳で翌年死去 高齢であった為、権力からは遠い存在であった

【ここまでのまとめ】
鎌倉幕府の初代将軍頼朝が亡くなった後に発足した13人の合議制のその後
①生き残ったのは9名
②9名のうち、4名は高齢で権力と遠い存在であった
③大江広元の兄である中原親能は途中で出家した(権力と距離を置いた)
③最高権力を奪取した北条義時以外に生き残ったのは、
◆大江広元・・・北条氏への忠誠を貫いた
◆八田知家・・・将軍家への忠誠を貫いた
◆三浦義澄・・・北条氏への忠誠を貫いた

社内政治のどのポジションを取れば生き残れるのか?の考察

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今回は社内政治において「鎌倉殿の13人」をモデルに生き残っていくサラリーマンサバイバルについて書いていきたいと思います。

貴方は社内政治のどのポジションを取れば生き残れるのか?という興味深い考察です。いつの時代も人間の本質は変わらないのですね。

まず、北条一族に付いた人は安泰です。社内政治でも同じで、自分が所属する○○派が最終的に権力を奪取したら貴方の処遇は良いものになるのではないでしょうか。

しかし北条一族の中であったように「時政VS義時」というNo.1とNo.2の戦いが発生することもあります。この時にあなたの身の振り方で結果が変わります。鎌倉殿の13人の時代ではNo.2の義時が勝ちましたね。

私が注目したいのは「八田知家」です。北条新派でないのに唯一生き残った人物だからです。

しかも2代将軍源頼家の叔父である阿野全成と北条氏が反頼家派を形成し頼家に反旗を翻そうとしていたことを察知した頼家は、八田知家に命じ阿野全成を殺させています。北条氏とも袂を分かち合ったことがあることからも北条シンパでないことが分かります。

そして八田知家は源義朝(頼朝の父)~実朝まで4代に渡り将軍家への忠誠を貫いて2118年に77歳で亡くなりました。

その後の八田家については、知家の養子の「中条家長」が1225年に3代執権北条泰時によって創設された鎌倉幕府の最高政務機関である評定衆に抜擢され1236年に亡くなるまで同職の任に就きました。評定衆の多くは北条氏に近い血縁の親族で占められていましたが、そうでない家長が長きにわたって同職を務めていたことは、武将としてだけではなく、文官として優れた才能の持ち主であったことが要因とされています。

結果として分かることは、創業の祖が亡くなった後の派閥争いにおいても、創業の祖の想いを受け継ぎ、武力ではなく文官としての知を磨いていける人は生き残っていけるのだということです。

「どこの派閥にも属さないが故に信頼できる文官。全体のバランスを取るのに必要な頭脳明晰で冷静沈着な人物」となることでオンリーワンのポジションを獲得したと言えます。

【参考資料はこちら】

まとめ

鎌倉殿の13人の合議制から考察する社内政治の生き残り方とは。

①最終的に勝ち残る人に付く
最後に勝つのは、頭が良く、勝負所で身近な人も含めて政敵を撃ち落とせる非情な手段が取れる人。情にほだされる人では残れない世知辛い世界です。ただしこの場合、その人が失脚すると運命をともにするということになります。

②どこの派閥にも属さないが故に信頼できる文官になる
どこの派閥にも属さず(あまり自分にカラーを付けない)、目の前の仕事で派手ではないが着実な実績を残すこと。常に新しい知識を勉強しそのアウトプットを定期的に披露していくこと。人がしない勤勉性、先進性のブランディングを自分に対し行える人。
~身内でもないが、敵でもない、文官人になる~

のどちらかということになりますね。とても勉強になりました。

承久の乱とは?

和田義盛を征伐した後、政敵が居なくなった北条義時は確立した武家政権を確固たるものにする為に朝廷との戦い「承久の乱」に臨みます。社内政治→本当の政治へ移行する戦いです。

日本の歴史が転換する戦いとなりました・・・。歴史解説をご覧ください。
★Youtubeチャンネル「なるほど!歴史ミステリー」より★

 

プロフィール
この記事を書いた人
Masa-kun

【X】https://twitter.com/masa_m2「販売職×食」業界の専門家|経歴:生協、GMS、食品SM|職務:バイヤー、店長、ネットスーパー、マーケティング(MD立案)|「販売職×食」業界の歩き方、昇り方、渡り方について発信します。【電子書籍】アラフィフ転職 完全ガイド・・40代50代転職について自身の実体験をベースに著した戦略の書。キャリアを総決算し新しい働き方を提案します。
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